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受験生の皆様、お茶の水女子大学のホームページへようこそ

ごあいさつ

お茶の水女子大学は、1875年(明治8年)に国が設置する女性のための初の高等教育機関「東京女子師範学校」として、御茶ノ水(文京区)の地に開校されました。その後、教育制度の変遷に伴い、東京師範学校女子部、高等師範学校女子部、女子高等師範学校、東京女子高等師範学校と組織と名称の変更を経て、1949年(昭和24年)に新制大学へと移行しました。女性たちの社会進出が困難な時代に、本学では一貫して優れた指導的な教育者を育てることを通して、女性の自立と社会的活躍を支え、社会の知的基盤の充実に寄与してきました。

新制大学に移行した際には、長く愛称として親しまれていた「お茶の水」を大学の名称とし、多くの先駆的女子学生たちを迎えて、小規模ながらも特色ある総合大学として歩み始めました。さらに、2004年(平成16年)の国立大学の法人化に際して、国境を越えた研究と教育文化の創造と、世界中の全ての女性たちの夢の実現を支援することを目指し、『お茶の水女子大学は、学ぶ意欲のある全ての女性にとって、真摯な夢の実現の場として存在する』というミッションを掲げました。そして、学びたくても学ぶことのできない開発途上国の女性たちをも含めて、国籍や年齢を問わず、女性たちの成長と資質能力の開発を支援する活動を開始して、現在に至っています。

今年創立140周年を迎える歴史の中で、お茶の水女子大学は、数多くの優れた卒業生を世に送り出してきました。例えば、女性が学術研究を行うことが困難な時代に、米国留学を実現し、わが国の女性科学者として初めて海外の学術誌に論文を発表して、初の理学博士となった保井コノ氏、女性で初の帝国大学生となり、二人目の女性理学博士となった黒田チカ氏、フランスに渡って、ジョリオ=キュリー夫妻の許で国際的な女性物理学者として活躍した湯浅年子氏(日仏両国にて学位取得)、帝国大学の副手として研究を進め、初の農学博士となった辻村みちよ氏などを先駆けとして、現在に至るまでに多くの学者・研究者が育ち、国の内外で活躍しています。わが国初の女医として知られている荻野吟子氏や、英国留学の経験を経てシャム国の教育に尽力し、その後東京女子大学の2代目学長を務めた安井てつ氏も、本学の卒業生です。また、わが国の女子教育の推進のために学校設立に努力した卒業生も多く、関東大震災の翌年に本学の同窓会である桜蔭会が開設した「桜蔭学園」は、その中でも良く知られた例です。

今、女性の社会的活躍に大きな期待が寄せられています。お茶の水女子大学では、リベラルアーツ教育(21世紀型文理融合リベラルアーツ複数プログラム選択履修制度)、グローバル教育(グローバル人材育成推進事業海外派遣サマープログラム)、リーダーシップ教育(博士課程教育リーディングプログラムキャリアデザインプログラム)といった特色ある教育システムを構築して、若い女性たちが、自己を磨き、世のため人のためになすべきことを知るための学びの場を提供しています。そしてそれらの教育を通して、学生達が持てる能力を十分に発揮して、日本のみならず世界で活躍できるよう、全力を挙げて支援しています。
毎年、学部からは約500名、修士課程からは約250名、博士課程からは約60名の卒業生・修了生が社会に巣立っていきます。卒業生・修了生の就職先は、企業とその研究所、初等・中等学校、大学、国・公立の研究所、府省や県庁・市役所等の行政機関、裁判所などの司法機関、テレビ局や新聞社などの報道機関、独立行政法人や社会福祉法人、国際機関など、様々ですが、卒業生・修了生たちはそれぞれに、多様な場で活躍し、周囲からの信頼も集めて、後に続く女性たちのために道を拓いてくれています。

お茶の水女子大学は、将来にわたって女性たちの真摯な夢の実現の場であり続け、真に豊かな社会の実現に寄与するよう努力を続けます。
学ぶ意欲を持つ皆さんが、お茶の水女子大学を学びの場として選び、入学して下さることを心から歓迎します。

学長 室伏きみ子

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