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新型コロナウィルス感染症COVID-19に関する注意喚起について(最新)

2020年5月25日更新

学生ならびに教職員各位  

2020年1月27日
保健管理センター所長 本田善一郎

(2020年1月27日から5月11日の記事を関連ページに移動しました。)

1. 新型コロナウイルス感染症COVID-19世界の動向

 我々が対峙する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症COVID-19との関係は多くの北半球諸国新たなフェーズに入り、社会活動、経済活動の強い制限を伴う強力なsuppression(社会的封じ込めによる抑制)から、これらの活動と感染抑制を精妙に両立させねばならない、mitigation緩和)の段階へと舵を切りました。一時のイギリスや当初日本の専門家の一部からも出された意見、ブラジル、スウェーデンの現在の施策とは異なり、日本政府は自然感染による集団免疫の獲得の方向性を目指さず、有効なワクチンの開発、あるいは初期に有効な薬剤が開発されるまでは社会的距離の維持を柱とするsuppression,すなわち公衆衛生学的介入を繰り返し発令して感染の広がりを断つ姿勢を明確にしており、この方針は、最も激烈な感染爆発に襲われたニューヨークでさえ抗体陽性率(既感染および感染抵抗性の指標)は10%程度に過ぎず他の地域の調査では一桁%程度であり有効な集団免疫に必要とされる集団免疫閾値(1-1/基本再生産数 (~2.5) = ~60%, あるいはそれ以上かもしれません)には到底達しないこと、さらに、ヨーロッパ諸国における確定診断症例の致死率は10-20%に達し、とても受け入れられるものではないことから、強く支持されます。

0525図1
 

 図1A日本を含む感染蔓延国における新規感染者数の経時的推移を示しています。このグラフを図1-Bのように感染の時経過に注目して色分けすると一定の傾向が見えてきます。赤(中国、韓国)、黄色(EU諸国)、青(イギリス、アメリカ合衆国)へと感染の主座は継時的に移動し、現在はで示すロシア、ブラジル、インドで新たな感染の波が広がっています。ことにブラジル(及び中南米諸国)、ロシアインド(など東南アジア諸国)への感染の拡大は著しく、途上国を含むこれらの国々が感染の新たな主座となっていくことが懸念されています。

0525図2

 人口当たりの新規感染者数に変換した図2A, Bを見ると、ブラジル、ロシアに加え、シンガポールの被害が極めて大きく、日本を含め、これら遅れて感染が始まった国でトリガーとなった事象はヨーロッパからの自国民の帰国であった可能性が高く(ブラジルの遅延は南半球の夏から冬への季節変化が関わっているかもしれません)、トリガー後の感染拡大には各国固有の背景があると考えられ、ブラジルでは緩和政策が、シンガポールでは外国人労働者の稠密な居住環境が指摘されています。

 前回の記事(5月11日)の時点ではシンガポールの新規感染者数は減少傾向にあったのですが新たに増加に転じており、社会的分断による感染拡大への影響の深刻さが伺えます。また、ロシア、アメリカ合衆国諸州、一部のヨーロッパ諸国では十分な感染抑制を待たずに緩和への方向転換が行われており、これらの国では感染数が高止まり、あるいは増加したままに推移する傾向が示されています。

0525図3

 図3に世界各地域の新規感染数の推移を示しています。世界の新規感染者数は現時点においても漸増しておりパンデミックの様相は変わっておらず、急激な分布の変化は見られないのですが、東地中海(イラン:減少傾向、サウジアラビア、パキスタンなど)、東南アジアインド、バングラデシュ、インドネシアなど)、さらにアメリカ大陸南アメリカ)など途上国を含む地域でその数が次第に増加し被害が拡大すると共に、これらの国からの人の流入による感染爆発の再燃が現実の脅威として迫っており、国連では先進諸国に大規模な財政的支援を呼びかけています。

 同様に感染拡大の懸念が持たれたアフリカ諸国での感染数は、同じく南半球にある南アメリカとは対照的に、微増にとどまっており、その理由として、アフリカは若年人口が多いこと(ただし、無症状、軽症者感染の広がりは否定できず、アフリカにおける集団免疫獲得の調査は興味深いテーマです)、エボラ出血熱などの新興感染症を経験していることから集団として感染制御に習熟している可能性などが指摘されています。
(2020年5月11日 25日)
WHO: Novel Coronavirus (2019-nCoV) situation reports
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reports/

2.新型コロナウイルス感染症COVID-19日本の状況:緊急事態宣言解除と大学における「新しい生活様式」

 日本は武漢からの第一の感染の波を(その明確な理由は明らかでは無いものの)ほぼ完全にやり過ごしましたが、3月下旬から、ヨーロッパでの感染爆発の初期を思わせる新規症例数の指数関数的な増加に見舞われました(図4)。

0525図4

 政府は新型コロナウイルス感染症専門家会議の提言を受け「人と人との接触を80%減らすこと」で実効再生産数(=実現実で1人が感染させる人数)を1未満とする方針(SARS-CoV-2の基本再生算数Ro = 2.5 として接触を60%減らせばR = 1.0、効果の不均一性を加味して80%と概算されます)を実現するために4月7日から4月16日にかけて「緊急事態宣言」を発令し、外出および移動の自粛、特定業種の営業制限、自粛を促しました。これは他国、例えばフランスの外出禁止令のような私権拘束、ペナルティー(違反には1万円超、悪質な再犯には数十万円の罰金)を課すものではなく、他国からの多くの論評では効果が危ぶまれていたのですが、図4A後半、4月末から5月初頭の下降カーブに見られるように、第新規感染者数はきれいな指数関数的な減少を示し、日本の取り組みは明らかに成功したことがわかります。他国に類を見ないほどの感染者数の低減であり、日本人の優れた自制による、と考えたいのですが、この第二波の回避に関しても他国からは Japan's Mysterious Pandemic Success と揶揄されているほどです。これらの結果を踏まえ、5月14日に39県で、21日に大阪、京都、兵庫での緊急事態宣言の解除を行い、5月25日には東京を含む全ての都道府県で緊急事態宣言の解除が宣言されました。

 緊急事態宣言の解除後は、引き続きsocial distancingを基本とする、「新しい生活様式」と名付けられた行動様式を基本として、業種ごとのガイドラインを作成し、日常活動と感染低減策の両輪を同時に回していくことが求められています(わかりやすいNHKの特設サイトを示します。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/view/detail/detail_08.html)。 本学においても、感染の低減と修学、研究活動の両立が議論されており、保健管理センターは今後も積極的にその課題に取り組んでいきます。

 遠隔授業を基本として、少数の学生から分散登校して、発熱や症状をモニターし、どのように学内に平均的に分散して過ごし、教室における対面講義(ことに高齢の教員では)や学生間の距離入室から退室に至るまで保つか、また、大学で特有の共用機器、PCキーボード、マウス、タッチパネル、図書、マイク、顕微鏡の接眼レンズ、ピペットマン、さらに一般的な共用部位である電話の受話器、蛇口、ドアノブ、階段手のすり、スイッチ、机の上面と椅子の背、トイレ便座、からの接触感染をいかに最小化するか、体育館での運動歌の指導、生協食堂での食事提供食事摂取健康診断、などの行動、イベントを、一旦は中止し、開始する際にはどのように安全を担保して始めるのか、感染の低減と就学を両立させるための各論的な細部が大学と各学部、学生、教職員、保健管理センターで議論され、作業が進められています。

 「(この制限を)一体いつまで続ければ良いのだろう---」という慨嘆を聞くことが折々にあるのですが、すでに我々にとって新型コロナウイルスが常に存在することが今のリアルな日常であり、我々自身のattitudeがそれを左右すること、感染症の原則を深く理解しスキルを身につけることによって新たな視界が開けることを期待すること、が困難を乗り越える要諦ではないかと考えます。また、教育機関としては、学生さんにこのような認識、知識、スキルを習得してもらうことが、新たな学習目標となるはずです。
(2020年4月6日 5月25日)

3.各国の死亡率の現状

  各国の総症例数、死亡数、死亡率表1に示しています(5月22日WHO)。全世界の死亡率は6.5%であり、例えば4月17日までとそれ以降で分けると、それぞれ6.8%, 6.4%であり大きな変化はありません。

0525表1

  なお、いずれの国においてもすべての感染者数が把握されることはなく、パイロット的な抗体検査(感染履歴の指標)の結果から、総感染者数は診断数の10倍程度(ニューヨーク市)あるいはそれを上回ると予測されており、疾患としての死亡率は現在のデータをかなり下回ると考えられています。一方、COVID-19と診断されずに死亡した人数も把握することはできず推定値を超える死亡数の増加超過死亡)から推定できるのですが、ヨーロッパの死亡モニター活動(EUROMOMO: European mortality monitoring activity)データベースによると、2020年第20週(4月21日)までの超過死亡(Excess Mortality)は2019年同時点の3.3倍に当たる17万人に及び、COVID-19累積死亡が10万人程度であることから、そしてアメリカ合衆国の3月超過死亡が同様にCOVID-19死亡の2倍弱であることから、(超過死亡の指標からは)真の死亡数は現在のデータを2倍程度上回る可能性があると考えられ、診断率の低さによる死亡率の上昇を一部相殺すると考えられます。

 表1に見られるように、ヨーロッパ諸国、イタリア、スペイン、フランス、そしてイギリスの死亡率は受け入れ難いのもがあるのですが(なお、ヨーロッパの高齢者介護施ではAdvanced Care Planが取り入れられ、感染者は病院への搬送を選択せず、施設で最期を迎える例が多いとの報道があり、考えさせられます)、注目される点は、これまで死亡率が低いことで特徴付けられていたドイツ、スイス、日本において、他国に比して4月17日以降の死亡率が上昇している可能性がある点です。多くの場合、時経過に従って死亡率は上昇していく傾向にありますが、他のEU諸国とほぼ同期して感染が広がったドイツ、スイスにおいても後半の大幅な死亡率の上昇が見られることは、何らかの生物学的な変化(遺伝的差異、感染歴、BCGなどワクチンの接種歴には帰することのできない)があることを伺わせます。

 5月25日現在では日本の新規感染者数は極めて少なく、従って死亡者数も減少すると考えられますが、感染第二波が一旦生じると、現在の高い死亡率(10%)がそのまま襲いかかってくることが考えられ、今後の感染制御にはさらに注意を払う必要があります。

 死亡率との関係は今のところは不明ですが地域的に異なるウイルスの変異株の分布が指摘されており(https://doi.org/10.25561/77482)、4月30日にappearしたイギリスからのプレプリント(https://doi.org/10.1101/2020.04.29.069054 doi: bioRxiv preprint)では、武漢、あるいはヨーロッパへの流入後早期に生じたfounder mutation, Asp614Glyが存在し、この変異はアメリカ、ヨーロッパなどではるかに優勢となり、しかも変異はヒトウイルス受容体(Angiotensin Converting Enzyme-2: ACE-2)との感染性結合に関わる部分に位置することや、SARSウイルス(SARS-CoV)にも同義の変異が知られ抗原性を減弱させる(ワクチンの効果を減弱させる)変異であったことが示されています。しかし、小規模な検討からは変異が(致死率を上昇させるなどの)臨床的な意義を有することはやや否定的とされています。日本における現在の第二波が「ヨーロッパ型」であることが日本感染症研究所から報告されていることから
https://www.niid.go.jp/niid/images/research_info/genome-2020_SARS-CoV-MolecularEpidemiology.pdf) 変異と臨床的な意義との関連に関心がもたれています。
(2020年4月26日 5月25日)
WHO: Novel Coronavirus (2019-nCoV) situation reports
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reports/

4. 新型コロナウイルス感染症COVID-19という疾患

 新型コロナウイルスSARS-CoV-2が遺伝情報としてRNAを持つウイルス(コロナウイルス属)であり、SARS、MARSや冬季の風邪を起こすウイルスと同族であること、SARSの病原体であるSARS-CoVと最も遺伝子構造が似通っており、両者とも肺炎を起こすが新型コロナウイルスではSARSではほとんど見られない無症候性感染軽症例が80%を占め、しかし残りの20%は症状が出現してからほぼ1週間の分岐点ののちに重症化し致死率は決して低くないこと、主として若年者が多くを占める無症候性感染者が知らずに感染を広げそのために世界的な大流行となったこと、さらに新型コロナウイルスは症状が出現する2日前から他への感染を起こし(この知見は前出の西浦博先生が中国の事例分析から一人目の感染者の潜伏期よりも接触した二人目が発症に至るまでの期間が短いことから2月のpublicationで指摘していたことを、国立国際医療研究センターの忽那賢志先生が連載記事で紹介されています。https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200426-00175324/)、その時期が最も感染力が強い可能性があること、など、この2ヶ月間に我々の疾患についての知識は大幅にブラッシュアップされました。

 また初期症状として上気道炎症状、咳などの呼吸器症状、呼吸困難、全身倦怠感、頭痛、下痢、嗅覚味覚異常が生じるが、無症状ウイルス保持者を含むクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号での検討から(自衛隊中央病院ポームページ: https://www.mod.go.jp/gsdf/chosp/page/report.html発熱は33%と決して多くはなく発熱がないことで新型コロナウイルス感染症を否定することができないこと、重症化のサインとして、呼吸困難倦怠感の問診が重要であること、サイレントな肺炎が軽症例でも起こりうること、が示されました。

 厚労省は、医療施設以外に滞在する軽症者が重症化する際に見られる、緊急性の高い13の症状を発表し、これらには、1)いつもと違う様子のおかしさ、2)酸素を取り入れることができないための紫色の口唇青白い顔色、3)呼吸困難や努力呼吸の症状である呼吸数の増加息の荒さ)、息苦しさ起座呼吸苦しくて横臥できない)、肩で息をする突然のゼーゼーする激しい呼吸、そして4)意識障害のサインであるぼんやりしている朦朧として返事がない、さらに5)不整脈のサインとして脈が飛ぶあるいはリズムが乱れる、があげられ、早急に医療機関に搬送するサインとなります。

 「」が新型コロナウイルス感染症の主たる標的臓器であり、症状としての呼吸困難、病理的には「間質性肺炎(Interstitial Pneumonia: IP)」あるいは「広範性肺胞障害(Diffuse Alveolar Damage: DAD)」が既存の疾患名としては最も当てはまるのですが、様々なレポートや症例報告を見ると我々が知っている”IP”、”DAD”とは病像が相当に異なる可能性があるようなのです。1週間程度の軽症期を経て、20%程度の人が重症化し、5%程度が死の転機をとる、と上に記しましたが、その1週間の分岐点から始まる呼吸障害(ガス交換障害)の進行が極めて早く、しかも呼吸努力(寝られず、座ってハーハーと荒く全身を使った呼吸をする)のフェーズがあまりないことがあり、短期間で血液酸素分圧の急激な低下をきたし、意識消失に至る例があることが指摘されています。通常の肺炎、間質性肺炎では肺のコンプライアンスが上がり(肺が水分で満たされあるいは繊維化して硬く、膨らまなくなり)全身を使った努力呼吸を余儀なくされるのですが、そのフェーズを経ずに急速に悪化してしまう、サイレントな進行の恐ろしさが感じられます(Acute respiratory failure in COVID-19: is it "typical" ARDS? DOI: 10.1186/s13054-020-02911-9)。この特異性は、SARS-CoV-2が肺の最も奥にあり、直接に血液との酸素交換を行う肺胞に親和性を持って感染し、ガス交換の場を直撃すること、さらに後述するように、肺血管の炎症血栓形成を介して肺循環を途絶させる新たな病態が関与する可能性があり、臨床像としても、救命治療の研究の点でも、重要なポイントと考えられます。

 そして「血管」が新型コロナウイルス感染症のもう一つのターゲットであることがこの数週のレポートで明らかとなってきました。ふくらはぎの深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群として知られる)、冠動脈閉塞をきたす心筋梗塞、若年壮年者の前歴のない脳梗塞、足指のしもやけ状の発赤、皮疹、ヨーロッパ、アメリカ合衆国における小児の川崎病様の皮疹、粘膜疹など、静脈、微小血管、大血管に渡る血栓症がCOVID-19との関わりで次々と報告され、当初はサイトカインストーム(炎症性物質の過剰産生)による血小板活性化、播種性血管内凝固症候群(Disseminated Intravascular Coagulation: DIC)が疑われたのですが、その疾患概念では包括できず、内皮細胞障害が先行する血栓性微小血管障害(Thrombotic Micro-Angiopathy: TMA)(DOI: 10.1111/bjh.16783)、あるいは自己免疫亢進が関与する抗リン脂質抗体症候群(Anti-Phospholipid antibody Syndrome: APS)(DOI: 10.1056/NEJMc2007575)との関連が報告され、議論されています。SARS-CoV-2は血管内皮細胞に親和性を持ちACE-2がこれらの細胞に発現し)、内皮細胞を障害しさらに隠れた抗原性(hidden epitope)を免疫系に曝すことで系統的な血管障害、血管炎を起こしそれらが直接の死因となる可能性が考えられ、現在検討されているトシリズマブ(抗IL-6受容体抗体)、ヘパリンなど抗凝固療法に加え、病態や疾患のフェーズによってはさらに強力な免疫抑制療法を考量する必要があるのかもしれません。
(2020年5月11日 25日)

 新型コロナウイルス感染症蔓延に関する最も大きな負担が、第一線の医療機関に押し寄せていることは、広く知られるようになりました。感染者を診療する際におこる、あるいは見逃された市中感染から偶然に起きてしまう「院内感染」は最大の問題の一つであり、医療供給の不連続な減少を招いています。医療スタッフ、看護師、検査技師を始め医療に携わる方々の負担は極限まで大きく、医療機器の不足(人工呼吸器など高度な機器から、マスク、手袋に至るまで)、人員の枯渇から、さらに苦しい状況が現出しています。また、新型コロナウイルス感染症に対応するために重症疾患を含め他の疾患の治療は先延ばしとなり、すでに間接的な影響、医療水準の低下が生じていると考えられます。医療者への負担を少しでも軽減するために、我々は協力し、応援する必要があります。
(2020年3月23日 4月26日)

5. 新型コロナウイルス感染症における「抗体」の難しさ

 感染やワクチンによって「抗体」が産生され、抗体は新型コロナウイルスなど体内に侵入した微生物(抗原)に対してオートクチュールのように個別にデザインされ(しかも複数)、そして抗体にはIgMIgGなど、同じ抗原を認識するにもかかわらず振る舞う舞台がそれぞれ異なる「クラス」が存在することは今回の感染を契機に広く認識されるようになりました。しかし、コロナウイルス(及びいくつかのウイルス、病原体)では、抗体の働きには一筋縄ではいかない問題があることが指摘されています。

 まず、「抗体」のみではコロナウイルスを排除することができません。免疫の司令塔であるT細胞(Tリンパ球)にはいくつかの種類があり、Th2細胞(Tヘルパー2細胞)と呼ばれる細胞が主役を演じるTh2免疫応答は、現代の日本のような清潔な環境で普通の細菌(ウイルスのように細胞に入り込まず、細胞の外で増殖する細菌)が侵入すると生じるとされているのですが、Th2応答では抗体を産生するB細胞(系列)を刺激するサイトカイン(免疫刺激物質、Th2サイトカインと呼ばれます)がもっぱら産生され、抗体が産生されるのですが(液性免疫とも呼ばれます)、病原体を処理する主役であるマクロファージや、時にウイルス感染を起こした自分の細胞(やがん細胞)を殺して全身を守る細胞障害性T細胞(Tc細胞)の活性化に必要なサイトカインTh1サイトカインと呼ばれます)が産生されず、結果として微生物の排除は中途半端で終わってしまいます(Th2免疫応答はやっかいなアレルギー性疾患の原因でもあります)。従って、ウィルス感染を効果的に治癒させるためには、Th1サイトカインTh1細胞Th1免疫応答(細胞性免疫とも呼ばれます)が重要であり、COVID-19を対象とした(この数週間でpublishされた)ワクチンに関する論文(doi: 10.1126/science.abc6284  doi: 10.1126/science.abc1932 doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.13.093195)では、必ずTh1, Th2サイトカインが測定され、Th1免疫応答が強く起きていることが(しきたりのように)示されています。

 次に、中途半端な、親和性(結合力)の低い抗体が存在したり、抗体の量が減っていたりすると、抗体は逆説的にウイルスの増殖、病気の進行を促進してしまうことがコロナウイルス、デングウイルスなど他のウイルスで知られていて、「抗体依存性増強(注1)」ADE: antibody-dependent  enhancement)と呼ばれています(doi: 10.1038/s41577-020-0311-8)。ワクチンによっては弱い免疫しか得られない可能性があり、ワクチン接種でかえって被害が起きる可能性を、文献的知識として知っておく必要があります。ワクチンは十分強力なものでなければならず、しかも免疫の持続が長いか、あるいは繰り返し接種することが必要かもしれません(コロナウイルスはインフルエンザウイルスほどではありませんが、小さな変異を起こすので、その点でも繰り返しのワクチン接種が必要と予測されます)。また、風邪の原因となるコロナウイルスに抗体を持っているとそれは今回のウイルスに対して「中途半端な」抗体として振る舞う可能性があり、悪化の原因となることも否定はできません。

 もう一点、Th1サイトカイン産生、Th1免疫応答が順調に起きて、抗体の上昇が見られることは望ましいのですが、2003年のSARSの経験では、強く免疫応答が起きて早期に抗体が上昇した患者さんでは、死亡率が明らかに高い、ことが広く知られています。この点は、病期後半における過剰なサイトカイン産生(サイトカインストーム)が生体を強く障害することを示しており、COVID-19が悪化した症例に対してIL6(サイトカインの一種)受容体抗体など、免疫抑制療法を用いる根拠ともなっています。

 コロナウイルスをめぐる抗体の話題はかなり複雑ですが、「良いワクチン」は確実に予防効果があるはずですし、また、感染症例(すでにTh1免疫応答が生じている)に対して回復者血清製剤(新型コロナウイルス抗体を含有する)を注射することは有効なことが示されていますので、現在行われている多くのトライアルから有効なワクチンが見つかることが強く期待されています。

(注1)
抗体依存性増強(ADE)デングウイルス感染症(デング熱、デング出血熱)において深く議論されています。親和性の低い抗体がどのようにして病気の悪化をもたらすのか、そのイメージが図6(左図)に示されています。
図6a

 左図の左半分では、デングウイルス1型に感染し親和性の高い抗体が産生され、抗体は細胞内に侵入したウイルスに強く結合し、マクロファージの小胞内に(IgG Fc受容体を介して)取り込まれ破壊される様子が示されています。図の右半分で、同じ人がデングウイルス2型に感染すると、すでに存在する1型に対する抗体は(型がちがうために)強く結合できず、(IgG Fc受容体を介して)マクロファージに取り込まれるのですが、受容体を介するマクロファージの活性化も弱く、抗体が容易に解離してウイルスは小胞から細胞内へと移行し、ヒト細胞のマシナリーを使って首尾よく増殖して細胞外に大量に分泌されています。不十分な抗体は「ウイルスを細胞内に呼び込む役割」しか果たさずウイルスの増殖に力を貸してしまったことになります。

 右の図では、デングウイルスワクチン接種がかえってデング熱を悪化させた、印象的なデータが示されています。上の図が重要で、既感染ありのライン)同士を比べると、ワクチン接種群では入院例が少なく、ワクチンは確かに有効なのですが、既感染なしのライン)同士を比べると、ワクチン接種をした子供の方が、明らかに入院例が多く重症化したことがわかります。この事実も抗体依存性増強(ADE)で説明できる可能性があり、「感染」+「ワクチン」の二重の刺激で十分の抗体(免疫)ができた子供では感染が防がれるが、「ワクチン」単独で不十分な抗体(免疫)しかできなかった子供では、感染はかえって増強することが示唆されています。ワクチンは十分に有効、強力なものでないと、安全性が担保できないことを示すデータです。

6.出口戦略:公衆衛生的介入(non-pharmaceutical intervention : NPI)

 社会的封じ込め、suppressionの必要性を示しイギリスの方針を転換させた論文としてNeil M Ferguson(Imperial College London)らによる数理モデル予測 (doi: https://doi.org/10.25561/77482 )が度々言及されており、1)外出、移動の禁止、2)全国民の社会的(物理的)距離維持、3)大学や学校の休講、4)感染者及び家族の(自宅)隔離、5)高齢者ハイリスク者の隔離、の全てを行うsuppressionによって初めて実効再生算数R<1が達成され、一旦感染は収束に向かうが、解除(mitigation, reluxation)後にリバウンドを生じる可能性が高く、suppressionを繰り返す必要があり、イギリスを対象とする分析では抑制期間と解除期間の長さは2:1程度になるだろうとの予測が示されています(図5)。 

(2020年3月8日 15日、30日 4月5日 19日)

0525図5

 また、Scienceに現れ、日本では「新型コロナの流行、2022年まで続く可能性」として広く報道された論文(doi: 10.1126/science.abb5793)では、Fergusonらが扱わなかったコロナウイルスの生物学的特性、ことに季節性(seasonal variation)による感染性の変動、および風邪症状の原因を起こす2種のコロナウイルス(HCoV-OC43, HCoV-HKU1)との間の免疫応答をシミュレーションにとりいれ、交差免疫の程度免疫の持続時間基本再生産数Ro季節変動がRoに与える影響、を様々に変動させてシミュレーションを行っています。コロナウイルスの免疫持続時間は短く、風邪ウイルス(HCoV-OC43, HCoV-HKU1)では40週程度、SARSでも2年程度との情報が示されています。

 論文のメッセージは多岐に渡り、SARS-CoV-2感染によって風邪ウイルスと同程度の免疫持続しか得られない場合は毎年感染のピークが生じること、SARSと同程度の免疫持続があれば、感染のピークは2年ごとになること、もし(可能性は低いと思われますが)恒久的な免疫が得られれば、感染は終焉すること、また、風邪ウイルスからの交差免疫、および2年程度の免疫持続があると一見感染が終焉するが、2024年に感染のピークが再燃することなどが予測されています。また、単回の封じ込めは、季節変動によっては封じ込めを行わない場合よりも大きな再感染のウェーブが生じうることを予測しています。すなわち、suppressionの繰り返しが必要であることはFergusonらの主張と同じなのですが、免疫や季節変動の影響を取り入れることでさらに多様な(場合によってはsuppressionの努力が水の泡になるような)状況が現出しうることを示しています。
(2020年4月19日 5月25日)

7. 出口戦略:薬剤、ワクチン

 COVID-19を標的として開発された薬剤は現在のところは存在せず、既存の薬剤の適応外使用(drug repositioning)が行われています。(水面下での開発競争は非常に激しく、アメリカの治験データベースには650の新規臨床試験が4月18日現在登録されているとの報道があります)。COVID-19に対しては軽症から用いることができて、効果が示された薬剤は今のところなく、いずれも血液酸素飽和度(肺からの酸素取り込みの血液指標)が低下した、入院例の中等症、重症例に対して用いられる薬剤が報告され、効果が検証されています。

 これまでに査読付きの有力な論文でヒトに対する臨床的な効果が報告された薬剤は少なくとも2種類あり、一つはヒト後天性免疫不全症(Acquired  immune Deficiency Syndrome: AIDS)に使用されるロピナビル, リトナビル配合剤(カレトラ®)です(doi: 10.1056/NEJMoa2001282)。カレトラは、ウイルスRNAから一つらなりの無機能のポリタンパクとして翻訳され、その後ウイルスプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の働きで個々の機能タンパク質に分離され機能する過程を阻害する、プロテアーゼ阻害剤であり、ウイルスの成熟を阻害します。入院症例を対象として、標準治療(99例)、あるいはロピナビル, リトナビルを加えた治療(100例)を割り当てるランダム化(患者を無作為に2群に分けて比較する)、オープンラベル(医師、患者がどちらの治療か予めわかっている)試験が行われ、臨床的改善(退院や活動性、酸素治療の必要性など)が明らかに見られるまでの時間をプライマリー・エンドポイントとして比較した、正統的なトライアルが行われましたが、2群に統計学的に有意な差はなく、ロピナビル, リトナビルの効果は限定的、否定的とされました。

 もう一つはエボラ出血熱を対象に開発されたレミデシビルです(エボラ出血熱に対する効果は限定的と判断されました)。核酸アナログであるレミデシビルはRNA鎖を鋳型とするRNA複製を阻害し、ウイルスの増殖を抑制し、培養細胞を用いた実験から新型コロナウイルスに対する抗ウイルス作用が見出されたことから、同様に酸素分圧の低下を見た症例を対象に効果が検討されました(doi: 10.1056/NEJMoa2007016)。本報告ではコントロール群レミデシビル投与なしが置かれておらず、「人工呼吸器を要した症例の70%で呼吸補助が不要になった」などのことから重症なCOVID-19患者に対して臨床的な効果があるのであろう、と推論していますが、に科学的根拠としては不十分と言わざるを得ません。
(2020年4月12日 19日)

 レミデシビルはアメリカNational Institute of Health(NIH)による1063例をエンロールしたランダム化コントロール試験の予備的発表において(4月29日News Release)、回復までの期間がプラセボ(コントロールとして用いる偽薬)群が15日であるのに対して、レミデシビル群では11日と統計学的に有意の短縮が見られたことが報告されました。この結果を受け、アメリカFDAでは緊急承認、日本においても特例承認とされましたが、今後の全例調査など、有効性の検証が必要とされます。
(2020年5月11日 25日)

0316写真1

 日本発の薬剤として期待されるファビピラビルアビガン®)は、-鎖RNAウイルスであるインフルエンザウイルスに対して開発された核酸アナログであり、レミデシビルと同様にRNA鎖を鋳型とするRNA複製を阻害し、ウイルスの増殖を抑制することでCOVID-9への臨床的効果が発揮されることが期待されます。これまでにインパクトの大きい査読付き論文の発表はなく、サイエンスの方法に則ったランダム化コントロール試験の結果が待たれます。

 他にも、細部内器官であるリソゾームの酸性化を阻害する抗マラリア薬であるクロロキン(ヒドロキシクロロキン)、ヒト蛋白質分解酵素furinの阻害剤であり(抗インフルエンザ薬のノイラミニダーゼ阻害剤のように)ウイルスの細部内へのエントリーを阻害することが示されているナファモスタット(フサン®)など、候補薬剤が挙げられていますが、ヒトを対象とする効果検証は将来の課題となります。また、病期の後半で過剰な免疫応答により生体が必要以上に毀損されることが知られ、サイトカインストーム(サイトカイン:免疫炎症物質が荒れ狂うように産生され生体を障害する状態)と呼ばれていますが、この状態がCOVID-19においても生体に不利益に働くことから、インターロイキン-6(IL-6)受容体の阻害抗体であるトシリズマブ、サリスマブの効果が検証されています。吸入ステロイド剤のシクレソニドは、肺の炎症を抑制し、同時に抗ウイルス作用を持ち、臨床的に有効である可能性が示唆されています。
(2020年4月12日 19日 25日)

8. 感染リスクを低減するための個人の行動

  緊急事態宣言が解除された5月25日現在においても、social distancing に最も有効である、ITを駆使した遠隔授業、在宅勤務をさらに拡充することが期待されています。

大局的に重要な概念は変わらず、基本的な要件として、
 ◇ 多人数の集合を避けること、そして、
 ◇ 長距離の移動を避けること(ことに海外からの渡航、帰還を避けること)
が重要であり、この二点を守った上で、いわゆる3密を避けること、
すなわち、
 ◇  密集を避ける
 ◇  密閉空間を避ける(換気をこまめに行う、窓のない空間に身を置かない)
 ◇  密接な場面、対面、間近での発声や食事、を避ける
ことに留意する必要があります。
感染経路としては、対面での飛沫感染接触感染、および密室、激しい呼吸(運動、大声、歌唱)時のエロゾル感染に留意する必要があります。

 接触感染は極めて重要であり、共用部分(手すり、つり革、お金、蛇口、スイッチ、など)に触れた手目、鼻、口の粘膜に触らないこと、外出時は手を肩から上に上げない習慣をつけること、折を見て石鹸を用いた手洗いアルコール次亜塩素酸水)による消毒を行うこと、施設の責任者は共用部分の洗浄、消毒を行うこと、個人はことに頻繁に触る携帯電話を消毒すること、などに留意する必要があります。大学での食事、複数での食事(接待や飲食を伴う際は特に)はリスクが高く、大皿での供与、箸や食器のバルク置き、対面や会話しながらの食事は避ける必要があります。マスク着用は今回の新型コロナウイルス感染症で実験的、臨床的に明らか有効性が示されており、可能な限り装着し、マスクの外側危険地帯であることから、触らずに捨てる、あるいはマスクを置くときは内側を上にするなど、注意を払う必要があります。

 疾患の特異性から、発熱や症状がなくとも感染している可能性はゼロとはいないことを念頭に置き、多人数(例えば10人以上)の集合は避ける高齢者基礎疾患のある人との接触はできるだけ機会を減らし、接する際にはマスク手洗い、対面会話を避けるなどの配慮が必要となります。若年者は軽装例が多く感染を広げる可能性が高いこと、一部は重症化することから、万全の注意を払う必要があることは、当初から指摘している通りです。
(2020年3月30日 5月25日)

写真2

もし、ご自身に熱がある、感染症を思わせる症状があったら、大学ホームページに示されている指針に従って行動してください。
http://www.ocha.ac.jp/news/20200403.html
新型コロナ感染症対策室」は大学横断的な組織であり、全学、附属学校園の構成員、学生、生徒の健康を守り心身のサポートを行うために積極的に活動しています。定期的に皆様への呼びかけを行っておりますので、症状がある場合、あるいはどのような質問でも、対策室メールアドレス(corona-taisaku@cc.ocha.ac.jp)にご相談ください。

 ◇  熱がある、咳が出る、体がだるい、などの症状がある場合は、自宅待機として、家族との接触、タオルなどの共用を避け、経過を見るとともに、大学の所属機関、新型コロナ感染症対策室に連絡してください。
 ◇  症状が強い、熱が数日続く、罹患者との接触が否定できない、場合は、帰国者・接触者相談センターに電話相談して、受診医療機関、受診方法に関する指示を受けてください。受診の際には医療機関に連絡し、マスクをして受診しまし方は、かかりつけの医療機関に連絡して指示を受けることが最も良い方法です。あるいは、接触者相談センターに早めに電話相談して指示を受けてください。
 (2020年3月2日 4月19日)

9. 大学からのメッセージを、最後に、お伝えします

 本学は、自分の、そして大切な人の命を守る、さらに、自ら新型コロナの感染拡大を防ぎ、医療崩壊を食い止めることを第一に考えています。学生、生徒の皆様、教職員の皆様は、外出を自粛し、自宅で、今できることを、進めていただきますように、お願いいたします。
(2020年4月19日)

連絡先:

帰国者・接触者相談センター
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/coronasodan.html
から調べられます。
文京区:03-5803-1824 平日9時から17時
板橋区:03-6831-6870 9時から17時
厚労省電話相談窓口
0120-565653(フリーダイヤル)9時から21時
都、特別区、八王子市、町田市 合同電話相談センター
03-5320-4592 夜間および休日

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