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2026年2月10日更新

湯浅年子博士は、お茶の水女子大学及びその前身校において数多くの女子学生を育て、フランスにおいて長年にわたって優れた原子核の実験的研究を行い、国際的に活躍した日本初の女性自然科学者です。
この度、フランス・パリのエッフェル塔に女性科学者72人の名前が刻まれることとなり、マリー・キュリーらに並び、湯浅年子博士が候補者の一人として選出されました。
エッフェル塔は1889年の建設以来、第一展望台外側に72人の男性科学者の名前が刻まれていました。今回、新たに女性科学者の名前が加えられることとなったものです。
1931年東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)理科を卒業後、東京文理科大学(現筑波大学)物理学科に入学、卒業後同校副手となり、1938年からは東京女子高等師範学校助教授に就任。
1939年にフランス政府給付留学生試験に合格、1940年に渡仏し、フデレリック・ジョリオ・キュリー博士を師としてコレージュ・ド・フランス原子核化学研究所において研究を開始し、1943年には仏国理学博士号を取得。第2次世界大戦により日本に帰国後は、東京女子高等師範学校教授、お茶の水女子大学教授となり、自然科学分野のみならず、数多くの女子学生を育てた。
長年にわたりフランスのコレージュ・ド・フランス原子核化学研究所およびオルセー研究所において、優れた原子核に関する実験的研究を行い、CNRS(フランス中央科学研究所)とJSPS(日本学術振興会)を繋いだ日仏共同研究の実現にも奮闘した。