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色素を欠損したアルビノウニの系統作製に成功

2020年5月19日更新

〜ウニ研究へ分子遺伝学導入の試み〜

研究成果のポイント

1. 狙った遺伝子を破壊(ノックアウト)したウニの系統(注1)を世界で初めて作製しました。 
2. ウニは世代交代周期が長いため、ノックアウト系統の作製は現実的でないとされてきましたが、世代交代周期の短い種類を選び当て、使用したことで系統の作製に成功しました。
3. ウニを用いた生命科学研究分野に、分子遺伝学の手法を新たに導入することが可能になり、より正確な遺伝子機能解析やゲノム構造解析の推進につながる成果です。

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 筑波大学生命環境系(下田臨海実験センター)の谷口俊介准教授、谷口順子研究員、大学院生命環境科学研究科博士課程後期2年鈴木智佳(日本学術振興会特別研究員)は、国立遺伝学研究所遺伝情報分析研究室の池尾一穂准教授、金城その子研究員、お茶の水女子大学基幹研究院の清本正人教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の山本卓教授との共同研究により、ハリサンショウウニ(Temnopleurus reevesii)を用いて、ノックアウトウニの系統作製に成功しました。
 ウニは採集しやすく、卵や精子といった配偶子も取得が容易なので、発生生物学や細胞生物学、進化学の優れた研究材料として長く生命科学の現場で使われてきました。しかし、世代交代周期が1〜2年と長いため、遺伝子変異系統などを利用して正確な遺伝子機能の解析を試みる遺伝学の導入が見送られていました。本研究では、ウニ研究に導入可能な遺伝学的手法を模索する過程で、ハリサンショウウニが約半年という比較的短い期間で世代を回せることを発見し、その性質を利用してノックアウトウニを作製しました。
 具体的には、ゲノム編集技術のCRISPR-Cas9システム(注2)を用い、体の色素合成に必要なポリケチド合成酵素(Polyketide Synthase; Pks1)の遺伝子領域に欠損を誘導し、色素を失ったハリサンショウウニのアルビノ個体を作製しました。さらに、それらの子孫を掛け合わせることで、ホモ接合型(注3)ノックアウトウニを作製することに成功しました。これにより、ウニを用いた研究に、分子遺伝学の手法を導入することが可能であることが証明されました。今後、より正確な遺伝子の機能解析や発現調節解析等が進むことが期待されます。
 本研究の成果は、2020年5月18日(日本時間19日午前1時)付で米国の学術誌「Current Biology」で公開される予定です。
※本研究はJSTさきがけ(多細胞)、日本学術振興会科学研究費若手研究(2019-21)と特別研究員奨励費(17-19及び19-21年度)、AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム (2017)、東レ科学技術研究助成金(2018)、武田科学振興財団ライフサイエンス研究奨励(2015)によって実施されました。

研究の背景

 ウニは日本人にとって有用な海産食材であるとともに、生物学の研究でも古くからモデル生物として利用され、さまざまな生命現象の仕組みの解明に貢献してきました。
 しかし、20世紀後半になり、世代を超えて伝わる遺伝形質を正確に解析する遺伝学が盛んになると、世代交代周期が2週間弱のショウジョウバエや3〜4カ月のマウスに比べて、次世代を得るのに1〜2年かかるウニを用いた研究はその波に乗ることができず、“モデル生物”とはみなされなくなってきました。そこで本研究グループは、ウニにおける遺伝子機能解析の研究に遺伝学の手法を取り入れる試みを行い、その過程において、ハリサンショウウニ(Temnopleurus reevesii)が約半年間という比較的短い世代交代周期を持っていることを発見しました。さらに、誰もが簡易にゲノム編集できる技術のCRISPRCas9システム(注2)が使用可能なタイミングであったため、ハリサンショウウニの遺伝子をCRISPRCas9のシステムにより破壊し、その子孫を得ることで特定の遺伝子が働かないノックアウトウニの系統を作製することを試みました。

研究内容と成果

 筑波大学下田臨海実験センター(静岡県下田市)の屋外飼育設備内で天然海水から自然に混入し、育っていたハリサンショウウニの雌雄それぞれから卵と精子を採取して受精を行い、胚を飼育しました。胚の飼育速度を上げたり(参考文献1)、変態後の生育速度を加速させたりして、この種が他のウニより世代間隔を短くすることが可能であることを示しつつ、同時にゲノム編集に必要な全ゲノム情報の解析を進めました。
 CRISPR-Cas9による遺伝子破壊の対象として、ポリケチド合成酵素(Polyketide syntase 1: Pks1)を選択しました。Pks1はウニにおいて色素合成を司っていることが報告されており、その機能を阻害された個体は色素を欠損したアルビノになるため、ゲノム編集の効果を可視化する上で有用でした。実際に、CRISPR-Cas9を用いた別種のPks1ノックアウトウニはF0世代までであれば広島大学等から報告されていました (参考文献2)。さらに、ウニにおける色素の機能は完全に解明されておらず、将来的に「なぜウニが色を持つのか」という問いに答えることができる可能性もあることから今回、破壊対象としました。
 まず、Cas9をコードするmRNAと、Pks1のターゲット領域に結合するsgRNAのミックスを受精卵に顕微注入し、発生したものを変態まで1カ月〜1カ月半飼育しました(F0世代)。変態時に既にアルビノ化が明確であったものだけをその後飼育し、性成熟にいたるまで約半年間成長させました。その結果、数匹が成熟した個体になりました。この際、なぜかオス個体だけしか生き残りませんでした。次に、アルビノのオス個体から精子を採取し、野生型のメスから採取した卵と受精させ、発生させました(F1世代)。この時使用した精子のPks1変異型にはA-typeとB-typeがあることがゲノムDNAシークエンスによって確認されています。F1世代にはアルビノ個体は一切見られませんでしたが、オスもメスも性成熟個体を得ることができました。A-typeのオスから精子を、同じA-typeのメスから卵を採取し、それらを受精させることでPks1遺伝子に関してホモ接合型変異体、ヘテロ接合型変異体、野生型(注3)それぞれのタイプのウニ幼生を得ることができました(F2世代)。受精後2~3日目から色素がある(ヘテロ接合型変異体、野生型)ものと、色素が全くないもの(ホモ接合型変異体)を実体顕微鏡下で選別でき、アルビノ個体と色素保持個体を視覚的に簡単に分別できました。これらの分別が正しいことはゲノムDNAシークエンスによっても確かめています。F2世代のアルビノ個体のいくつかは、順調に成体へと成長することも確認できました(図)。
 以上のように、CRISPR-Cas9のシステムを世代交代周期が比較的短いハリサンショウウニに適用し、ウニのホモ接合型変異体の作製に世界で初めて成功しました。

今後の展開

 今回の成果に、これまでモデル生物として世界中の研究者によって蓄積されてきた知見を合わせることで、より詳細で、より発展的なウニ研究が推進されることが期待されます。例えば、内中胚葉形成の遺伝子発現調節ネットワークの解析は、全ての生物の中でウニが最も進んでいます。今後はその解析時に、遺伝子のノックアウトだけでなく、遺伝子発現調節領域の欠損や変異を人為的に導入することで、どのようなゲノム構造が遺伝子の発現調節を担っているのかをかなり正確に解析することができるようになります。これまで、ウニの発生学研究の多くは、初期発生に限られてきました。研究が顕微注入や顕微操作と人工核酸によるノックダウンを組み合わせた手法に依存していたからですが、今回の研究成果を発展させることで、後期発生、特に、幼生が着底し稚ウニへ至る変態の過程の分子メカニズムを解析できる可能性がでてきました。
 しかし一方で、ハリサンショウウニが比較的短い世代交代周期を持っているものの、他のモデル生物と比較すると、安定的に次世代を得るのにはまだまだ時間と労力がかかってしまうことも事実です。そのため、大学院生やポスドクといった研究期間の限られた立場では、自身の着目する遺伝子や遺伝子調節領域を欠損させて解析する研究を、主プロジェクトとして成り立たせるのは非常に困難です。そこで、今回の Pks1 ノックアウト系統を維持するように世界中でさまざまなゲノム編集系統を揃えてお互いにシェアする仕組みができあがることで、まだまだ多くの謎を抱えているウニが、多くの研究者にとってより魅力のある材料へとなっていくことが期待されます。

参考図

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図 F2 世代の正常型(左)とPks1 ホモ接合型変異体(右)

用語説明

注1) 系統
交配や継代を繰り返して遺伝形質が均質になったグループを本来は指す。ここでは、ある程度継代を続けたウニに対し、ゲノム編集を加え2世代飼育したものを便宜的に系統としている。
注2) CRISPR-Cas9 システム 
ゲノムDNA の一部に相補的な塩基配列を持つガイドRNA(sgRNA)とCas9 ヌクレアーゼを細胞や卵内に導入することで、sgRNA の標的部位に二重鎖切断を引き起こします。この切断部位が生物本来の性質により修復される過程で、欠損や挿入などの変異を生じます。この性質を利用してゲノムDNA の標的領域に人為的に編集を加える技術です。
注3) ホモ接合型変異体、ヘテロ接合型変異体、野生型
ある遺伝子座が同じ対立遺伝子からなる状態をホモ接合体と呼ぶ。一方、異なる対立遺伝子からなる状態をヘテロ接合体と呼ぶ。ここでは、1対あるPks1 遺伝子の両方に変異の入った状態がホモ接合体変異体、片方のみに変異の入った状態をヘテロ接合型変異体、どちらも変異の入っていない状態を野生型としている。

参考文献

(1) Yaguchi, S., Yamazaki, A., Wada, W., Tsuchiya, Y., Sato, T., Shinagawa, H., Yamada, Y., and Yaguchi, J. (2015). Early development and neurogenesis of Temnopleurus reevesii. Dev. Growth Differ. 57, 242–250.
(2) Liu, D., Awazu, A., Sakuma, T., Yamamoto, T., and Sakamoto, N. (2019). Establishment of knock-out adult sea urchins by using a CRISPR-Cas9 system. Dev. Growth Differ. 61, 378–388.

掲載論文

【題 名】 Establishment of homozygous knock-out sea urchins
(ホモ接合型ノックアウトウニの確立)
DOI: 10.1016/j.cub.2020.03.057
【著者名】 Shunsuke Yaguchi, Junko Yaguchi, Haruka Suzuki, Sonoko Kinjo, Masato Kiyomoto,
Kazuho Ikeo, Takashi Yamamoto
【掲載誌】 Current Biology

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