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柔らかい小さな分子を組み立てて巨大環状構造を構築することに成功 〜人工タンパク質の創出にむけた第一歩〜

2019年5月23日更新

発表者

・三宅 亮介 お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 講師
・村岡 貴博 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
(大学院工学研究院応用化学部門) 准教授

ポイント

・ 柔らかい小さな分子を使って、タンパク質に匹敵する巨大空間を作ることに成功した。
・ 全く同じ分子から、わずかな条件の違いを認識して10倍以上大きさの異なる数種類の空間形成が可能である。
・ 生体の効率的な分子輸送や物質貯蔵、正確な環境応答性のキーとなる柔軟な巨大空間形成を通じて、これまで困難であった省エネルギー・高効率な人工のタンパク質とも言うべき分子システムへの展開が期待できる。

概略

今回、人工的にデザインしたペプチドを用いて、網目構造を形成することによって、柔軟な分子から巨大な空間を持つ分子集合体の構築に成功しました。タンパク質などの生体物質は、わずかな環境の違いを認識して物質を運搬・貯蔵するなど、究極の省エネルギー・高効率な分子システムを構築しています。タンパク質では、一分子または分子集合体によってこれらの高度な機能を示す空間が作られており、その高い効率性や正確性の発現には、柔軟な骨格に起因した空間の運動や、複数の空間同士の連動が重要な役割を果たしています。したがって、生体に匹敵するこれら機能を持つ材料の創成に向けて、生体に見られるような柔軟な骨格からなる空間を構築することは重要であると考えられます。しかし、柔軟な骨格は潰れやすく、大きな空間を組み上げることは非常に困難でした。本方法では、金属配位結合と水素結合で柔らかい骨格の形状をコントロールすることで、とても柔軟な構造を持つ(決まった形を取らない)ペプチド分子から、様々なサイズの空間構造を(巨大な構造から小さな構造まで)作ることができました。このことから目的に応じて空間を自在にデザインすることも期待できます。したがって、本研究成果は、分子集合体における様々な柔軟な空間の形成を通じ、高い効率性や省エネルギー性を示す複合機能を持つ様々な新規物質(人工のタンパク質)の創出への展開が期待できます。

一般向けの詳細

 タンパク質などの生体物質は、その構成要素であるペプチドの柔軟な骨格を通じて機能を示すユニット間を連動・制御することで、例えば、ヘモグロビンの効率的な酸素分子の輸送といった、人工物では難しい高度な環境応答性の機能を実現しています。中でも、ペプチドが作り出す柔軟な空間構造は、正確な分子認識や効率的な物質輸送・貯蔵に加えて、タンパク質のリフォールディング(変性したタンパク質を活性のある状態・構造に戻す手法)など、様々な機能において、生体になくてはならない役割を担っています。したがって、柔軟な骨格により人工的に空間を形成することは、生体のように高度な機能の創出に重要な技術の一つです。しかし、柔らかいもので作られた空間は壊れやすいため、柔軟な骨格を用いて、大きな人工的な構造(特に大きな空間を持つ構造)を組み立てることは非常に困難でした。
今回、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 三宅亮介講師らの研究グループは、柔軟な骨格であっても、網目状に組み合わせることで安定化すれば、巨大な空間形成が可能になるのではないかという発想に基づき、金属イオンに結合する箇所(配位結合(注1)サイト)を3種類導入した柔軟なトリペプチド配位子(注2・3)を用いて、直径が20Å(注4)に迫る巨大環状金属錯体(注5)の構築に成功しました。このトリペプチド配位子は、金属イオンとの配位結合を介して3つ連結し、網目状に組み上げることができると考えられます。実際に、トリペプチド配位子と金属イオンを溶液中で混ぜ合わせて結晶化するだけで、14個の配位子が組み上がった巨大環状金属錯体を構築することができました。これらの構造中では、金属配位結合と水素結合によってトリペプチドの配座(分子の形)が規定されていました。また、骨格が柔軟であるため、金属錯体を形成する条件を変更すると、10分の1のサイズに収縮したものから、わずかにサイズが異なるものまで、様々なサイズの環状錯体を構築することができました(図1)。これは、限られたアミノ酸から多様な形状のタンパク質を形成できる生体物質の特性を連想する結果です。
さらに、結晶構造を詳しく見ると、14個の配位子が集まってできた巨大環状錯体が、さらにお互いに絡み合ったカテナン(注6)と呼ばれる複雑な構造も観測されました(図2)。これまでに報告されたカテナン構造の中でもっとも多くの分子から形成されたものになります。これらの構造は、動的光散乱の測定や質量分析の結果から、溶液中でも存在することが示唆されており、結晶中だけでなく、溶液中でも存在していることがわかります。したがって、本研究のアプローチが柔軟な骨格で巨大構造を構築する上で有用であることを示しています。

今後、これらの結果は、柔軟な巨大空間や構造をデザインする新しい方法論として発展することが期待できるとともに、生命現象を分子レベルで理解する上で、良いモデルとなることも期待できます。

本研究は、東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門 村岡貴博准教授との共同研究成果であり、5月16日にJournal of the American Chemical Society誌の電子版として公開されました。また、本研究成果は、国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ『超空間制御と革新的機能創成』領域の研究で得られた結果です。

発表論文

論文名:Formation of Giant and Small Cyclic Complexes from a Flexible Tripeptide Ligand Controlled by Metal Coordination and Hydrogen Bonds
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
著者名:Ryosuke Miyake, Akira Ando, Manami Ueno, Takahiro Muraoka
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.9b01541
doi:10.1021/jacs.9b01541

参考図

p1
 図1:トリペプチド配位子1の分子構造と、1とニッケルイオンから組み上がった環状錯体
 p2
図2:トリペプチド配位子1とニッケルイオンから組み上がった巨大カテナン構造

注1)配位結合
二つの原子間の結合において,結合に関わる電子対が一方の原子のみから供与される結合
注2)トリペプチド
3個のアミノ酸から構成されたペプチド(アミノ酸が2個以上繋がった分子の総称)
注3)配位子
金属イオンに配位結合する分子(主に有機化合物)
注4)Å(オングストローム)
1 Å =  10–10m(100億分の1メートル) = 0.1 nm(ナノメートル)
20 Åは小さなタンパク質に匹敵するサイズ
注5)金属錯体
金属イオンと配位子が配位結合を介して連結した化合物
注6)カテナン
複数の環が鎖のようにつながった構造

問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ先】
お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 講師
三宅 亮介(みやけ りょうすけ)
TEL/FAX:03-5978-2649
E-mail:miyake.ryosuke@ocha.ac.jp
ホームページ:http://www.sci.ocha.ac.jp/chemHP/labos/miyake_group/Top.html 

東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院(大学院工学研究院応用化学部門) 准教授
村岡 貴博(むらおか たかひろ)
TEL/FAX:042-388-7052
E-mail:muraoka@go.tuat.ac.jp
ホームページ:https://www.muraoka-lab.com


 【取材に関する問い合わせ先】
お茶の水女子大学企画戦略課(広報担当)
島﨑、小林
TEL/FAX:03-5978-5105 / 03-5978-5545
E-mail:info@cc.ocha.ac.jp

東京農工大学企画課広報係
TEL/FAX:042-367-5930 / 042-367-5553
E-mail:koho2@cc.tuat.ac.jp

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