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2023年度「第8回 辻村みちよ賞」選考結果報告

2024年2月15日更新

辻村みちよ賞選考委員会委員長
お茶の水女子大学 生活科学部長 小谷 眞男

第8回辻村みちよ賞選考委員会は慎重に審議を行った結果、下記の方を辻村みちよ賞候補者として学長に推薦し、了承を得ました。
「辻村みちよ賞」設立趣旨についてはこちらをご覧ください

辻村みちよ賞

宮川 智美 氏
(独立行政法人国立美術館 京都国立近代美術館 研究員)

業績「アートと生活に関する優れた研究成果と学芸員としての顕著な展示活動」

 宮川氏は、学部生時代から今日に至るまで、広義の「アート」と「生活」、とくにアートと「生活の質的な豊かさ」の関係について、一貫して強い関心を持ち続け、優れた研究成果をあげてきました。のみならず、学芸員として文化的資源の社会的活用という課題に本格的に取り組み、国内外で顕著な活動を展開しています。
 すでに学部生時代に、取手アートプロジェクトという地域社会と現代アートの関わりを考える企画の運営を経験したこともある宮川氏は、修士論文において牧師で染織家の外村吉之介(1898〜1993)を取り上げ、世に知られていなかった数多くの一次資料を自ら発掘・収集・精査して詳細な年譜、作品・資料目録等を作成し、この貴重な基礎資料に依拠して外村がいかに「民芸」運動を日本各地で実践したかを明らかにしました。博士後期課程進学以降は、陶芸家として知られる河井寛次郎(1890〜1966)の自然観という極めて射程の長い研究課題に取り組んでいます。
 宮川氏の研究成果は、調査、分析、論述の水準がいずれも極めて高く、抜群のバランス感覚と新鮮な文体で研究対象を社会と歴史の文脈に的確に位置づける能力は特筆すべきものといえます。また文献や実物を含む膨大な一次資料に基づいて、研究対象とする作家の年譜、作品目録、文献目録を編纂する仕事は、一見地味に見えながらも隅々まで注意深さが行き届いた正確無比な基礎研究として斯界で厚い信頼を獲得しています。研究対象を直接知る人々やその周辺団体、あるいは現存作家に対しても自ら積極的にインタビューやフィールド・ワークをおこない、証言録等を得たり、展示に結びつける等の貴重な成果を得ていることも高く評価できる点のひとつと言えます。そのベースには、精度の高い情報処理能力と確かな審美眼に加え、資料を保有する関係諸機関やご遺族など、また作家本人の信頼を得て良好な協力関係を築くことのできるすぐれたコミュニケーション能力、専門分野に閉じこもることなく工芸技術から政治社会にまで及ぶ研究対象に関わる多様な側面に関してひとつひとつ丁寧に検証し根気強く取り組む知的態度があります。
 学芸員としては、都内各地の美術館等において研鑽を積み、その後に就職した大阪市立東洋陶磁美術館において、宮川氏が担当した2019 年度特別展「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション-メトロポリタン美術館所蔵」がすぐれた企画として2020年美術館連絡協議会大賞「特別賞」を受賞しました。2021 年 7 月からは京都国立近代美術館で研究員として勤務しつつ、科研費の交付も受けて21世紀における「工芸」のあり方について研究を重ねており、山口大学や一橋大学との共同研究にも参加しています。また、これまでにアメリカやフィンランドの美術館とともに展覧会を企画したり、展示企画のためにそれらの機関から多数の作品を借り出したりしており、国際的な活躍も顕著です。
 国境を越えた文化の創造・発信という点では、その一例として「マリメッコ茶室」という企画を挙げることができます。美術館の中に8角形の木造の茶室を作り、その壁にフィンランドのテクスタイルを用いるという意欲的な試みで、茶室建築の専門家が設計し、施工には京都の一流の職人たちがあたりました。日本側の関係者とマリメッコ社の間に立ち、この企画全体の調整を行ったのが宮川氏です。
 生活科学の究極の問いが、「よりよい人の生活とは何か」といった点にあるとすれば、宮川氏が取り組んできたところの、洗練されたアート、もしくは文化的資源が人々の普段の精神生活を内側から滋味深く豊かにしうるさまざまな可能性の探究は、学術的にも社会的にも意義深く、今後のさらなる活躍に大きな期待を抱かずにはいられません。
 以上のことから、本選考委員会は、宮川氏の顕著な業績は辻村みちよ賞授賞に誠に相応しいと判断しました。

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